強烈な追憶-短いけど短くない横浜の十日間
『愛している港、横浜の女よ』、『私は苦境に立った!』演出ソ・サンミン
横浜開港150周年を記念し日中韓共同プロジェクトとして企画された、横浜を舞台にしたドキュメンタリー制作は、
私にとって大変貴重な思い出です。
イム・ファと中野重治の詩をモチーフに制作した映画『愛している港、横浜の女よ』は、
カメラと被写体間の距離の持ち方や、話の進行方法など、多くを考えさせてくれた作品でした。
見知らぬ場所(私は映画製作のために初めて横浜を訪れました)で、十日間という短い時間をもち、
韓国と日本の二人の偉大な詩人、イム・ファと中野重治の行跡を追うという事は
そもそも不可能に近い話だったかも知れません。
し かし私は、イム・ファが一度も訪れたことのない横浜を舞台に詩を書いたことに着眼し、
もし彼が横浜を訪れたならばどのような心境であっただろうかと想像しながら横浜の町を自分の足で歩き、
その際感じたものを作品にしようと努めました。その過程で私は様々な事を感じました。
最初は韓国の風景とは異なる横浜の町並みがエキゾチックに感じられましたが、時間が経つにつれ、
韓国の港町であるインチョンと似通う点が多いのではと思うようになりました。
私たちは異なる言語と文化の中で生きていますが、その外側の差よりはより多くの共通点を持って
生きていると思われたのです。その結果、私は横浜を背景にしながらも横浜の特色はなるべくなくす事にし、
インチョンを背景にしたかのように、韓国の人による韓国語のみが飛び交うドキュメンタリーを制作しました。
こ のように横浜とインチョンという二つの港町があまり変わりのない町であるという考えで映画を製作しましたが、
私はその過程の中でかえって横浜だけが持つそ の魅力に触れた気がします。
結果、私の心境が映画の制作開始の時とはすこし変化していることに気づきました
(互い似ているかの様で少し異なる微妙な差につ いての感情)。
私は映画を作っていく過程での自身の心境の変化を初めて経験し発見したのです。
それは私にとって大変貴 重な経験でした。
短い時間での制作ながらも、横浜でのドキュメンタリー撮影の中、作品の人物と背景が
最初のアイデアとは異なる意味を持つようになる瞬間を多く経験し、
それは以後の私の作品制作に大きい教訓となったのです。
つまり、映画製作の際、カメラの前で繰り広げられるそういった変化の瞬間を逃さないように
努めるべきであるという教訓です。この教訓は私の初の長編作品である『私は苦境に立った!』
の制作時もつねに思い起こされたものです。
熱い日差しと青空が印象に残る横浜の8月は、それだけに私には大変貴い思い出でとして残っています。
そして、横浜でお会いした優しさあふれる方々に言い表せないほどの感謝の気持ちで一杯でいます。 |